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神よ、これが天罰か。
言葉が通じない。心も伝わらない。想いはどこにも届かない。
かつて神の怒りに触れ、言語を分かたれた人間たち。
我々バベルの末裔は、永遠にわかり合うことはできないのか?
モロッコの片隅で偶然放たれた一発の銃弾がアメリカ、メキシコ、日本の孤独な魂をつなぎ合わせてゆく。
2007年、世界はまだ変えられる。カンヌ国際映画祭で、最優秀監督賞受賞。
ゴールデングローブ賞、再優秀作品賞受賞。
何と言っても、菊池凛子が助演女優賞にノミネートされたアカデミー賞など、映画公開前から高い評価と評判の大きかった
『BABEL』を観てきた。
昨日に引き続き天気のいい日で、映画館も凄い人やった。
前日までにチケットを押さえてたんで、窓口に並ぶことも無くすんなり映画館に入れたんやけど、あの人達っていつまで並ぶんやろか?

モロッコの少年が、銃の試し撃ちに放った1発の銃弾で全ては始まった。
放牧しているヤギを、ジャッカルから守るために手に入れたライフル。
ライフルを手にした兄弟には、争いがあった。
兄は弟が姉の裸を覗くのが許せなかったし、弟の方が射撃の腕がいいことも気に入らなかった。
試し撃ちが当たらない兄に変わって、弟が眼下の山道を走るバスに目がけて発砲した。
銃弾に倒れたのは、夫婦の絆を失いかけたアメリカ人夫婦の妻。
幼い赤ん坊が突然死んだ悲しみと罪悪感に苦しみ、このモロッコの旅で失いかけている夫婦の絆を取り戻そうとしている。
突然撃たれ血まみれの妻を抱きかかえながら、医者がいるというガイドの村へとバスを走らせる。
この事件のお陰で、アメリカに帰ることが出来ない夫婦。
アメリカに残された2人の子供達は、メキシコ人乳母の故郷メキシコへ向う。
メキシコでこの乳母の息子の結婚式に出席するためだ。
始めて見るメキシコに目を丸くする2人を優しく見守る乳母。

そして、モロッコで使われたライフルは、日本人の会社員のものと判明する。
以前、ハンティングでモロッコを訪れたときに、ガイドにプレゼントしたものだった。
その日本人会社員には、聾唖の女子高生の娘がいた。
母が自殺したショックから立ち直れず、何かにつけ父親に反抗する。
警察の事情聴取に疲れた父親と、娘との広がる溝。
障害を持つ彼女には、好意や欲望を伝えることは簡単なものではなかった。
とまぁ、映画館で買ったパンフを参考に『BABEL』の簡単なストーリーを書いてみたが、この4つの物語が時間軸をズラし、平行して語られていくのだ。
そして、映画全編に通して想いが伝わらない、心が通じないという重苦しい雰囲気で覆われているし、やや難解でもある。
正直、“バベル”という言葉、言わんとしてることの意味を理解してなかったら、ナンのコッチャわからん話やと思うし、明確な結末が待っているわかりやすい映画でもない。
見終わった瞬間は、「別に面白いとも、くだらんとも言えん映画」っていうのが正直な感想やった。
ただ、映画を見終わって時間が経つにつれ、この4つの物語に共通する”伝わらない想い”について考えさせられる映画でもある。
普段の”想いが伝わらない”“想いを伝えない”のが当たり前の生活のなかで、必死で想いを伝えようとする登場人物の苦悩に始めは気づかなかったが、徐々にこの映画の伝えたかったことがわかってくる。
そう意味では何度かこの映画を観て、始めてこの映画が言いたいことがわかるのかもしれんが...。

この映画の公開前から話題になっていた、菊池凛子のアカデミー賞助演女優賞ノミネート。
確かに、映画全編を通して、菊池凛子の存在感は圧倒的だったと思う。
聾唖の女子高生を体当たりで演じて、助演女優賞にノミネートされるのはわかる気がするが...女子高生は無理があるんちゃう?
どう見ても、女子高生には見えんわぁ。
欧米人やメキシコ人である監督から見たら何も思わんのやろけど、同じ日本人からみたら、菊池凛子の女子高生にはツライものがあったわ(笑)。
あと、乳母を演じたアドリアナ・バラッザの存在感も大きい。
この2人が主役の映画のようにも感じた。
決して、ブラット・ピットをクサしてる訳やないけどね。
面白い面白くないは別にして、後々まで残る映画なのは間違いない。
あとは観た人が、この映画から何を感じるか。
んでT.A.Frayはと言うと、絶賛されるほどよくは無かったけど、観て損したとは思わない...そんなところか(笑)。
初夏のような陽気のなか、京都まで行ってきたT.A.Frayです。
今年のT.A.FrayのGWは、昨日まで仕事やったんで前半は2連休。
後半は、5/2から5連休という飛び石連休。
実はGWの寸前まで9連休のハズやったのに、会社からの嫌がらせでこんな連休に(涙)。
お返しに、この5月は有給を取りまくる予定です(笑)。
GWに入って2日目。
おまけに天気もめちゃめちゃイイ。
当然、凄い人、人、人ですわ。
京都駅で地下鉄と市バスの一日乗車券を買って、「日帰り京都の旅」スタートです。

京都には何度も行ってるねんけど、この金閣寺に行くのは始めて。
なんか、金ピカの寺なんて見てもなぁってのがあって、今まで敬遠してました。
でも、Emiも行ったこと無いと言うし、ちょうど今、三島由紀夫の『金閣寺』を読んでるし、ちょうどイイか。
鏡湖池の向こうに太陽に陽を受けて輝く金閣寺を...それよか、何じゃこの人の多さわ!!
流石、世界文化遺産。
外国人観光客も多いわ。
しかし、鏡湖池の周りをぐるりと取り巻く人の多さに、「おいおい、この中に突入せなアカンのかぁ」って、滅入りそうにもなる。
なんとか人をかき分けて金閣寺が見えるポイントを探して、再び金色に輝く世界文化遺産を見た。
『金閣寺』の主人公“私”同様、T.A.Frayも金閣寺の写真は何度も見たことあるけど、始めて実物の金閣寺を見て...ん!?こんなもん??
確かに遠目に見ると金色に輝く金閣寺は存在感があるけど、近くで見たら、ただのベタに金色に塗られた建物にしか見えんねんけどなぁ...まぁ、そのままやけど。
“私”は、「美というものは、こんなに美しくないものだろうか」と感じたというが、まったくの同感だった(笑)。
それどころか、「これって、悪趣味ちゃうん?」って思ってしまったわ(爆笑)。
どうも、金ピカ=豊臣秀吉=成金親父の金時計&金歯っていうイメージが強いんかなぁ...すんません、想像力が貧困で。

鏡湖池の周りを散策してると、ここで“私”と柏木が尺八の練習をしたんかなぁとか、この金閣寺を見てて放火するに至る“私”のことを想うと、また違った楽しみ方も見つけたけどね。
あとね、途中にあったお茶やさんの抹茶と、お菓子が美味しかったね。
人の多さに酔ってきてたところやから休憩を挟みつつ、金閣寺は、太陽の陽が照りつけるこんな日よか、紅葉の時季とか雪化粧した冬の方が映えるような気もするなんて...。
まぁ、そんなイラんおせっかいな事を思いつつ、金閣寺を後にした。
軽く昼食をとって、次に向ったのは清水寺。
この清水寺は、確か1度来たことがあるはず。
まぁ、物心付くか付かんかって頃やけど。

昼過ぎにもなると気温もどんどん上昇し、夏日を思わせるような陽気。
清水寺へと向う参道、五条坂を上ってると、人力車の呼び込みに声をかけられた。
なんやかんやと上手いこと口説かれ、始めて人力車に乗ることにした。
結構、いいお値段やってんけど、これは気持ちイイわぁ。
みんながフウフウと上ってる横を、颯爽と走って行く。
おまけに、みんなの注目の的。
何度かカメラも向けられた(笑)。
あまり知られてない路地に入って行ったり、何も知らず歩いてると見落とすような穴場を教えてもらいながら、いつのまにか八坂神社まで戻っていた。
それに、お薦めの写真撮影のスポットでは、カメラマンまでしてもらってね。
八坂神社の名前のエピソードや、祇園祭りの話。
古い洋館の逸話などいろいろ聞いて、思いのほか楽しい時間を過ごせた。
ちょっとお値段は張るけど、この次来たときは、もうちょっと長い時間乗りたいなぁって思う。
マジで。
これは、ホントお薦め。
ここでちょっと関係ないけど、人力車に関する面白い話。
勢いよく引っぱって行く、いかにも体脂肪率一桁台に見える俥夫さんに、「陸上の選手か何かされてました?」と聞いたら意外な答えが。
「野球をやってましたね」
「でも、今野球をすると筋肉痛になりますよ」って。
「人力車を引っぱってると、それ用の体になるんです」
「結構、簡単に引けますよ」って。
なんでも、女性の俥夫さんもいるらしい。
絶対、T.A.Frayには出来ん仕事やって思ったわ(汗)。

人力車を降りて再び清水寺の参道を上ると、ここはさっきの金閣寺以上の人ごみ。
狭い上り坂の両側に面白そうなお店が連なり、それらを見て回ってるから、いつまで経ってもゴールに到着出来ん(笑)。
でもここ2〜3年、和柄に惹かれてるT.A.Frayとっては、なかなか無視出来んような店が続くんよ。
ここで何点か買いもんして、ゴール目指して登山の再開。
しかし、この辺になると上着も邪魔になるくらいの暑さ。

んで、やっと到着した清水寺。
境内に入ったら、さらに凄い人。
まぁ、こんだけの人が「舞台」に上がって、よう倒壊せんなぁって変なところで関心しつつ、ここでも人をかき分け突入。
「清水の舞台から飛び降りたつもりで...」などと言われる、清水の舞台。
どんな高さなん?...って期待したけど、ハッキリ言ってウチのが高い(笑)。
しかし、景色は絶景。
霞がかかって京都の街はぼやけて見難いけど、山並みの緑が青々として気持ちイイ。
それは、やっぱりここまで登山して来たからかぁ?(笑)。
周りは桜の木が多いらしく、春の桜のシーズンはイイやろなぁと思う。
T.A.Frayにとっては、GWの初日。
普段、あんまり歩かん生活が祟ってかクタクタになったけど、楽しい1日だった。
近くていつでも来れるってのがあるせいか、京都に観光に来るって機会は少ないけど、こんな所を回るのは嫌いじゃない。
まぁ、もうちょっと人が少ない時期がイイけどね。
洋楽を聴くだけやなく、ちゃんと本も読んでるT.A.Frayです。
まぁ、読書って言っても、最近じゃ昼休みにちょこっと読む程度やけどね(笑)。
これでも昔々...大昔に読書感想文で賞を貰ったことのあるT.A.Fray。
ん!?このブログを読んで、そうは見えんって?
確かに...。

最近、
三島由紀夫の
『金閣寺』を読んでいる。
実は三島作品というのは去年読んだ『潮騒』が始めてで、今まであえて避けていたということもある。
1970年に陸上自衛隊市ヶ谷駐屯地で割腹自殺したことが“右”っていうイメージが強くし、今まで三島作品には手が伸びなかったのが正直なところ。
まぁ、事件当時はまだ1歳で、事件の記憶も何もないねんけど、母親が異常に嫌っていたから、その影響を強く受けたのかもしれん。
事件の翌日、介錯された三島由紀夫の首が一面に載った新聞を燃やして捨てたというくらいやから、相当なもんかもしれん。
んで、話は戻って『金閣寺』の話ね。
これは、1950年の7月2日に実際に起こった、金閣寺放火事件をもとに書かれた作品。
当時21歳だった若き学僧・林承賢によって、当時国宝だった鹿苑寺の金閣寺が放火され、焼失。
同時に、これも当時国宝だった創建者である室町幕府3代将軍、足利義満の木像など、多くの貴重な文化財も焼失した。
鹿苑寺から出火の第一報で消防隊が駆けつけた時には、既に舎利殿から猛列な炎が噴出して手のつけようがなく、46坪の貴重な建築物が全焼した。
鎮火後現場検証したところ普段火の気がない事、そして、寝具が何故か付近に置かれている事から不審火の疑いがあるとして、同寺の関係者を取り調べたところ、同寺の師弟で京都府舞鶴市出身の林承賢(当時21歳)がいない事が判明し行方を捜索した。
夕方になり金閣寺の裏にある左大文字山の山中で薬物のカルモチンを飲み切腹してうずくまっていた林を発見し放火の容疑で逮捕した。逮捕当初動機として「世間を騒がせたかった」や「社会への復讐のため」などと供述したというが、実際には自身が病弱である事、重度の吃音である事、実家の母から過大な期待を寄せられている事、同寺が観光客の参観料で運営されており、僧侶よりも事務方の方が幅を利かせるなどの現実から、厭世感情からくる複雑な感情が入り乱れていたという。(SOURCE: Wikipedia)
この三島由紀夫の『金閣寺』は、この実際に起こった事件を題材にしてはいるが、事件を克明に追ったノン・フィクションとしてでは無く、若き学僧・林承賢の告白という形をとり、「自分の吃音や不幸な生い立ちに対して金閣における美の憧れと反感を抱いて放火した」という林承賢の複雑な感情を、三島由紀夫なりに解き明かそうとした作品である。
後に金閣寺に放火する、私。
その金閣寺で出会った、純粋でやさしい鶴川。
私が進学した大学で出会った、禅僧気取りで独特(歪んだ)の価値観を持つ柏木。
おもに、この3人の登場人物によって話が進んで行く。
三島作品の例にもれず、細かで精細な描写が時には難解で、話の内容がなかなか頭に入ってこんけど、柏木が言った
「俺たちが突如として残虐になるのは、たとえばこんなうららかな春の午後、よく刈り込まれた芝生の上に、木漏れ陽の戯れているのをぼんやり眺めているときのような、そういう瞬間だと思わないかね」とう、このセリフがエラくリアルに聞こえた。
こんな平和でのんびりした瞬間を、残虐になれる瞬間という柏木の感性に影響されたのは、「悪は可能か?」と思い悩む作品中の私だけじゃなく、正直言ってT.A.Frayも感じるものがあった。
一瞬、ただの変人かと思われる柏木の感性も、物事を別の側面から見れる素晴らしい感性と受け取ると、この変人も理解出来るような気もする。
そして、「悪は可能か?」と苦悶する私に対しても、些細な悪を積み重ねることによって、吃音という劣等感を持った私にとっては、独自の感性を育てて行く重要な過程の様が、違和感なく入ってくる。
この私の複雑な感情と三島由紀夫の精細な描写が相まって、なかなか話に入って行けないところもあるけど、なかなか読み応えのある作品ではある。
だが例えば、吃音を言い表した
「吃りが、最初の音を発するために焦りに焦っているあいだに、外界の現実はもう新鮮な現実ではない。私が手間ひまかけてやっと外界に達してみても、いつもそこには、瞬間に変色し、ずれてしまった」という描写。
なるほど、吃音をこんな感じに言い表すのか。
吃音の友人は何人かいるが、彼らがいつもこんなふうに感じているんやろか?
その友人に聞くことは出来んけど、吃音を上手く言い表した表現といえる。
金閣寺に究極の美を見いだし、そして金閣寺を憎んだ私を、国宝に放火した狂人と捉えるか、それとも自分の中にも確かに存在する陰として捉えるかでこの作品の見方が変わると思うが、誰でもこの狂気にハマる危うさを持っていてもおかしくはないと思う。
んで、今、この『金閣寺』を読んでいる。
実は一度読み終えたのだが、例の言い回しがイマイチ頭に入ってこなくて、もう一度読み直している。
でもね、2ページほど読むと強烈な睡魔が...。
昼飯を食べた後には、この本は向いてないことだけは十分理解出来たわ(笑)。
んな訳で、明日金閣寺へ行って来るT.A.Frayでした。
別にこの本を読んでるからってワケやないけどね。
昨日、土砂降りの中、傘もささずに出歩いてたんで、なんか風邪気味のT.A.Frayです。
普段からあんまりテレビを見ない生活を送ってるねんけど、天気予報ぐらいは見た方がイイなぁ。
雨降るって知らんかった(笑)。
んで、たまにテレビを付けると流れてる、気になるCMがある。
それが、このPUMAのCM。
このCMに使われてる曲が気になって、仕方が無い。
なんか60年代っぽくて、ちょっとサイケちっくなこの曲。
何度CMを見てもクレジットがないし、気になって気になって(笑)。
PUMAのオフィシャル・サイト見ても、CMのストリーミングはあっても、誰の曲か載ってない。
誰やねん、コレ!
ってなことで、ちょっとネットで調べてみた。
すると、呆気ないくらい簡単に出てきたわぁ(笑)。
For Energy Infinite / MAZARIN2000年に『Watch It Happen』でデビューしたフィラデルフィア出身の3ピース・バンド、マザリンの3rdアルバム。エレファント6系のバンドを彷彿とさせるドリーミーなサウンド&メロディはインディー・ポップ・ファンにはたまらない!(SOURCE: HMV)

ん!?アメリカのバンドなん?
へぇ〜、ハナっからUKとばかし思ってた。
しかもこの曲も、2005年のアルバムからというから結構前やね。
オマケに同名のバンドから訴えられて、バンド名の変更を余儀なくされてしまったとか。
これは、この次HMVに行ったらこのCD買ってこよっと。
試聴はコチラ ↓