遂に2006年も、残すところあと1日。
外は寒いから、部屋にこもってブログなんぞ更新しているT.A.Frayです。
んな訳で、これが2006年最後の書き込み。
今回は『T.A.Frayの2006年』と題して、T.A.Frayの2006年を振り返ってみた。
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2005年のクリスマスに結婚することが決まり、年明け早々にEmiの実家に挨拶に行くことから始まった2006年。
その同じ週に、ストーンズの通算5回目となる来日公演のチケットの発売日が発表され、Zepp Osakaで予定されていたホワイト・ストライプスのライヴが、ジャックの急病で中止、公演延期となった。
振替公演の日程が決まるが、そんな平日、しかも超繁忙期に行けるかいってことで泣く泣くキャンセルした。
んで、ストーンズのチケットはと言うと、過去最高の18,000円な〜り〜。
しかもステージ前の特等席は、センターサークルなる名称のもとに55,000円!!
ここまで来ると、もう笑うしかなかった(笑)。
チケット先行発売日の土曜日は、本来なら出勤せなアカンかったのに適当な理由をつけて休み、ネットと電話の2重攻勢でチケットを確保した。
2006年の始めは、ずっと風邪をひいていたように思う。
Emiの両親とT.A.Frayの両親の顔合わせのときも高熱と咳が酷く、ホントはキャンセルしたかったのだが、なかなか予約のとれない店だったのでそのまま強行。
案の定、何も食べれず、飲めず、話せず、フラフラの状態。
ひたすら、早よ帰って薬飲んで寝たいって思ってた(笑)。
このときの風邪はその後も尾を引き、咳で肋骨にヒビを入れるというオチまでついた。
WBCで、王ジャパンが世界一になった3月21日に入籍。
優勝を見届けて、揃って区役所に届けを出しに行くが、この日は役所は休み。
宿直の管理人さんが受付してくれたんやけど、作りかけのうどんが気になるのか、俺らのことなんて上の空。
なんや、入籍ってこんなもんか(笑)。

そして、4月5日。
これで5回目となるストーンズの来日公演。
おまけに、今年はストーンズのファンになって20年目の節目の年。
そんな年にストーンズを観れるってことは、とても感慨深いものがあった。
今回は大阪がないんで、名古屋まで遠征。
しかし今回は、過去最高と言えるほど前の方。
やや左のほうだったが、ステージ端まで来るミックやキースをあんなに至近距離で観れたのは感動した。
春からいよいよ式場選びが本格化し、毎日を忙しくする日々がつづいた。
始めは結婚式なんてするつもりはさらさらなかったが、気がつけばあれよあれよと話が大きくなり...おまけにマヒしてくるし(笑)、7月16日に式を挙げることが決定した。

6月は、忙しい毎日の息抜きに、念願だったベルセバのライヴに行くことが出来た。
予想以上に楽しいライヴで、観客と多くコミニケーションをとるステュワートが意外だった。
おまけに、ベスト・ダンスクィーンにプレゼントするワインを手渡すために客席に降りてきたステュワートと最接近。
意外と小さいでぇ、ステュワートって(笑)。
マッタりとした温かい雰囲気のライヴで、バンド・メンバーも観客も笑顔だったのが印象的だった。

そして、遂に7月16日がやってきた。
神戸の御影にある蘇州園にて結婚式。
長い長い梅雨が明けぬこの日も午後から雨が降ってきたんやけど、式を挙げてる最中は太陽が顔を出し、とても気持ちのいい天気だった。
この日は1日中、芸能人状態。
どこに行ってもカメラのフラッシュを浴び...知ってるよ、お目当ては新婦のウエディング・ドレスってことくらい...芸能人ってこんなんやろなぁって思った(笑)。
夜は場所を三宮に移して、ウエディング・ライヴ・パーティー。
Emiのピアノ仲間にプロのミュージシャンを入れて、ジャズやボサノバなど、発表会状態。
ヤルまでは死ぬほど嫌がったT.A.Frayも、この辺になると酒も入ってるし、わけがわからん。
まぁ、やってみると面白かった...ただ、あんなん2度とゴメンやけど(笑)。

んで、式の1週間後、T.A.Fray達はグアムにいた。
暑さを覚悟してやってきたけど、こりゃ、日本のが暑いわ。
日差しはキツいけど海からの風が気持ちいいし、湿度が低いから過ごしやすい。
熱帯魚が足下で泳ぐ海や、よそのホテルのバカでかいプールなんかで泳ぎまくった。
んで、あとは買いもん。
人のお土産もそこそこに、自分のアクセサリーや服ばっか買いあさって来た(笑)。
看板は日本語だらけやし、日本語もめちゃめちゃ通じる。
油断すると、ここはアメリカなんやってことを忘れてしまうわ。
また来たいなぁ、ここ。

8月13日は、ここ4年連続で行っているサマーソニック。
今回は会社の同僚と2人で行って来た。
特にお目当てっていうバンドが無かったんやけど、トゥー・ギャランツとアークティック・モンキーズを観て来た。
トゥー・ギャランツの圧倒的なパフォーマンスに圧倒され、アークティック・モンキーズでは不覚にもモッシュの波に飲み込まれた(汗)。
クークスでは睡魔に襲われ、アメリカン・リジェクツは演奏が下手なのがわかった(笑)。
そして、同僚の1番のお目当てだったリンキンは、最後まで何がいいのかわからんかった...全部、一緒に聴こえてんけど。
それでも、なかなか楽しめたフェスだった。
帰りの電車で、両方の靴を無くし裸足で帰る学生さんと一緒になったんやけど、「リンキンは僕の神ですよ〜」と言って悦に入ってたのが印象的だった。

2006年は、久しぶりに野球を観に行った年でもあった。
T.A.Frayん家の近所にスカイマーク・スタジアムがある。
オリックス vs 広島、ロッテ、日ハム戦を観に行った。
特に、今シーズンで引退を発表した新庄を観たかった。
新庄のホームランもレーザービームも観ることは出来んかったけど、ヤツが出てくとやっぱり盛り上がり方が違うわぁ。
しかし、それを上回るのが清原。
なんであんなに人気があるんかわからんけど、清原で出て来ると異常に盛り上がってた...わからん。

10月。
T.A.Frayがやりたいやりたいとは言うが、なかなか手を出さなかったギターを遂に買った。
なんで、テレキャスターかって?
そりゃ〜あんた、ストーンズ・ファンやからよ(笑)。
んで、始めて弾いた曲も "Dead Flowers" 。
この日以来、毎日練習はしているが、なかなか上達しない毎日が続いている(涙)。
しかし、2007年は飛躍的に進歩する年になる...ハズ。

そして、2006年最後のライヴ。
念願だった、CYHSY。
このバンドのCD、今年始めに手にして以来、ず〜と聴いていた。
T.A.Frayが行くことの出来なかったフジロックを出演キャンセルしたときは...悪いけど...激しく「ざまぁ〜、見ろ!」なんて思ってしまうくらいハマってた。
しかしこのライヴ、ファースト・アルバムにあった脱力感やヘロヘロ感が後退して、曲によってはかなりロックしてるのもあり、年明け早々に出るセカンド・アルバムの音を探るヒントにもなりそうなライヴだった。
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2006年...こうして振り返るとアッと言う間の1年だった。
まぁ、30歳を超えてからは、毎年のことやけどね。
結婚して何かが変わるのかと思ったが、お互い好きなようにやってるから、あんまし今までと変わらんような気がする。
しかし、確実にCDを買う枚数は減ったな(笑)。
先日、K.BYさんとご飯を食べに行った時に聞かれたこと、「2007年はどんな年にしたいですか?」
「ギターを、上手くなりたい」始めは「弾けるようになれたらいいわ」って始めたギターやったけど、ある程度弾けるようになればバンドを組みたくなったし、バンドを始めたらライヴもしたくなるんやろなぁ。
まぁ、それはいつかまた。
あと、5時間ほどで2007年。
みなさん、良いお年を〜〜。
昨日は、辛い料理が大好きというK.BYのたっての希望で、明石にあるインド料理レストラン『ボンベイ』に行ってきた。
3段階の辛さを選べるカレーが食べたいってことで行ってきたんやけど、T.A.Frayは辛いのが苦手。
別に嫌いなわけやないけど...どっちか言うと好きな方...辛いのを食べると、信じれんくらい汗が吹き出る(笑)。
この日も覚悟して行ってきたんやけど、うん、こりゃ美味しいわ。
ここの店員さんはインドの人で、日本語があんまり分からんみたいで多くを注文すると“待った”をかけられる(笑)。
K.BYに言わせると注文が上手く伝わらんかったようで、一番辛いエクストラ・ホットじゃないって言ってたけど、これくらいがT.A.Frayにはちょうど良かった。
まぁ、注文をとるより、店内で流すBGM代わりの映画のダンス・シーンを選ぶのに忙しそうやったけどね。
また、昨日はメチャメチャ寒かったから、こんなスパイシーな料理は美味いね。
しかし、K.BYとご飯食べにいくと絶対辛いもんになる。
今度は三宮に出来たという、韓国料理屋さんの鍋がいいと言う。
まぁ、冬の間はいいけど、温かくなってきたら絶対イヤやからね(笑)。
ロッド・スチュワート、ロニー・ウッドらが参加し、70年代前半に絶大な人気を誇ったフェイセズだが、スチュワートは、自分たちは「自信のない、酔っ払いバンドだった」と振り返っている。
スチュワートはBBCオンラインのインタヴューで、こう話している。「(フェイセズで)活動してるとき、俺たち、ちっともいいことやってるって思ってなかったんだ。だから、酔っ払いバンドだったんだよ。自分たちに信念がなかったからね」しかしながら「俺たちの音楽は、多くのバンド、多くの人に影響を与えた」とし、その理由は「バンドにいた5人の関係が良かったし、俺と、ロニー・レーン、ロニー・ウッドのソングライティング・チームがユニークだったから」だろうと分析している。「それに俺たち、いつも酔っ払ってたからな。いつもハイだったから、ハイな時代ではあったわけだ」(SOURCE:
BARKS)
フェイセス...ストーンズやツェペリンの陰に隠れて決して、No.1になることのなかったバンド。
ロッド・ステュワートのソロと平行しての活動を余儀なくされ、ロッドの名声とともに単なるバックバンド扱いにされてしまった。
でも、どのバンドよりも泥臭くルーズでクールなバンドだった。
T.A.Frayは再結成バンドには全く興味なんてないけど、このフェイセズの再結成は観てみたかったなぁ。
ロニー・レイン、イアン・マクレガンのいない今となっては、不可能な話やけどね。
(1) OK GO / OH NO(2) THE FRATELUS / COSTELLO MUSIC
(3) ALBERT HAMMOND Jr / YOUR TO KEEP
(4) RED HOT CHILI PEPPERS / STADIUM ARCADIUM
(5) JET / SHINE ON
(6) SUSAN CAGLE / THE SUBWAY RECORDINGS
(7) CAMERA OBSCURA / LET'S GET OUT OF THIS COUNTRY
(8) INCUBUS / LIGHT GRENADERS
(9) THE WHITE STRIPES / WHITE BLOOD CELLS
(10) AEROSMITH / GREATEST HITS 1973-1988
いよいよ、今回で2006年のオリジナル・チャートも最終回。
今年最後のトップは、またまたOK GOですか(笑)。
なんか、今年後半を象徴するアルバムとなってもたなぁ。
アルバートは、東京でのライヴが決まったけど、大阪は無いんかなぁ。
是非、観てみたい!
レッチリも、ライヴが決まったとたん再び聴きだした。
来年は、過去のアルバムも登場すると思うよ...予習せなアカんもんね。
さて、次回は2006年の年間チャートです。
やっと今日が仕事納め。
明日から1週間のお休み...まぁ、長いようでアッと言う間なんやろけど、とりあえずは忙しくなりそうな1週間ですわ。
とにかく、例年のような昼夜逆転現象だけは避けたいと思ってるT.A.Frayです。
まずは、今日早く寝ることですか(笑)。
そうそう、1週間も休みやから、ちょっと
ギターの練習も真剣に取り組んでみよっかと思う。
また、最近練習量が減ってきて、なんか毎日同じことの繰り返しのような気がする。
独学の悲しさか、なかなか新しいことにもチャレンジ出来ず...方法が分からず、行き詰まってきてもたんよね。
こんな感じに
ギターを弾きたいってのはあるけど、じゃぁ「さぁ、どうすれば?」ってなことに。
誰かぁ〜、
ギター教えてぇ〜(笑)。
話は変わって...。
遂にパイレーツ・オブ・カリビアンに出演を果たしたキース...って言いたいとこやけど、ちょっとしたカメオ出演らしい。
えっ!?どれがキースって??
一番右よ、右。
こうして衣装着てメイクすると、誰かわからんかったわ。
真ん中のおっちゃんがタンのTシャツ着てなかったら、気づかずスルーするとこでした(笑)。
JBといえば通じるほど、世界中のポップミュージックに影響を与えた20世紀最大のスターの一人、ジェイムス・ブラウン(James Brown)が享年73歳で亡くなった。
アトランタのEmory Crawford Long Hospitalで現地時間の25日月曜日、早朝1時45分ごろに死亡したと、彼の代理人であるFrank Copsidas氏が発表した。
24日、肺炎で入院を余儀なくされたJBだが、正確な死因はまだ不明とのこと。
入院時には「週末のライブまでには治してツアーを続けるよ」とコメントしていたというが、実際に彼はこれまでも現役としてツアーを続けており、今週はコネチカットのWaterbury、ニュージャージーのEnglewoodとRed Bunkでそれぞれライブを行う予定になっていた。
1933年5月3日生まれのジェイムス・ブラウンは、1960年代からアメリカのブラックミュージックを代表する存在として活躍。
"(Get Up I Feel Like Being a) Sex Machine"、"Cold Sweat"、"Give it up, or Turn it Loose"、"Say it Loud, I'm Black & I'm Proud"、"Please, Please, Please"など多数のヒット曲を持ち、ファンク・ミュージックの創始者として知られている。
その音楽の魅力は多様なリズムを重ね合わせ、さらにそれをひたすら反復することによって生み出されるグルーブ感を重視したもので、特にレゲエやヒップホップなどには直接的に、間接的には世界中のポップミュージックに計り知れない影響を与えた人物。(SOURCE:
notrax)
気のせいか、寒くなると人が多く亡くなっていくような...。
そんなこと思ってたら、今日、ジェームス・ブラウンの死のニュースが飛び込んできた。
JBのことは正直詳しくないけど、「ゲロッパ!」と熱唱する "Sex Machine" は誰でも知ってるだろう。
ロックの世界にも、何らかの形で多くのミュージシャンに影響を与えた...それぐらいは知ってる。
ストーンズ関連で言えば、ミック・ジャガーの独特のステージ・アクションも影響をモロに受けているし、"Sex Drive" なるJB風のファンク・チューンも演ったりしている。
そう言えばサマソニに出演した時に、後のジョンスペの演奏時間など気にせず延々と演ったとか、元広報の女性に婦女暴行で訴えられたりと、武勇伝の数々は伝え聞いていたが、一度、ニュース・ステーションの出演してたのを観たことがあった。
サマソニの件もあったから、CMに入る時間なんて気にせず延々と演奏するんかなぁなんてドキドキしながら...楽しみに...観てた。
あれはカッコよかった。
73歳...決して若くはないけど、まだまだやれる歳だった。
「週末のライブまでには治してツアーを続けるよ」
ご冥福をお祈りします。